愛情バロメータ

Love-barometer

 

Sは、都内で弁護士として働くとても美しい女性だった。
小学生の頃の彼女は、休み時間に昨日読んだ本についてお喋りしているようなおとなしい女の子だった。
二階から校庭でドッチボールをしているクラスメイトを眺め、楽しそうだなと思っても仲間に入れず、好きな人が出来ても思いを伝える前に諦めてしまう。
そんな少女だった。

ところが、Sは中学校に上がる頃から次第に顔立ちがはっきりし、身体も大人の女性として完成していった。

そして高校生になると、街を歩けばカットモデルや読モのスカウトがひっきりなしに名刺を渡してくるようになった。
そんなSの彼氏は、学校で一番のイケメンだったり、インターハイに出場するような学校一のスポーツマンだったり、代々お医者さんの家柄の秀才だったりした。
受験勉強でも、元々読書家だった彼女はすんなりと第一志望の大学に入学した。
そして、大学に入ると当然のようにミスコンで優勝し、ホテルでコンパニオンのバイトをすれば、パーティーに集った各界の権力者たちから次々と声をかけられるようになった。

Sは自信に満ち溢れており、在学中に司法試験に合格し、大手の弁護士事務所で働くこととなった。

ここまでの人生、彼女はほとんど完璧だった。

Sのたった一つの悩みは、大学を卒業してから彼氏がいないことだ。
高校生の頃から社会人に上がるまで、彼女の周りには常に魅力的な男が集まってきた。
その結果として、彼女は付き合う男を選ぶ基準が高くなってしまったのだ。
彼氏がいない間、遊んでくれる男の人はたくさんいたし、夜の寂しさを埋める相手には困らなかった。

それでも社会人になって、一途に愛してくれる男性と一緒に家庭を築きたいという思いが日に日に強くなっていたのだ。

そんなSも社会人になって三年が過ぎようとしていた。
年末に差し掛かり、テレビではその年を締めくくるための番組が次々と放映されている。

<さぁ!新作人気製品トップオブザイヤーは……Love&Sex社の愛情バロメータです!>

Love&Sex社はアダルト業界のリーディングカンパニーである。新人弁護士として忙しくしていたSは久々にテレビを見たような気がした。

<なんとこの商品!東日本帝国大学の脳科学チームとLove&Sex社の共同開発!
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「愛情バロメータか」

Sは躊躇なく、その魔法のような製品を注文した。

愛情バロメータを手にしたSは、会う男会う男に愛情バロメータを使っていった。
愛情バロメータは、クラウドに世界中の使用者のデータを集積することで、対象が世界で何番目に自分を愛してくれているのかが分かった。

最初に使ったのは大学時代からのセフレの大輔だ。

「コレ使ってもいい?」

相手を試すことになるためセフレであっても少し気が引けた。

「なんじゃそれ、新作の大人のオモチャかなんか?」

大輔は適当だ。

「まあ、そんな感じかな」

そう言って大輔の背中の辺りに当ててみる。

「なんにも動かないじゃん、このオモチャ」

大輔がうざったそうにタバコに手を伸ばしながら言った。

 

「充電切れかなぁ」

 

適当なことを言いながら画面に目を向けると『64 Lover Rank』という文字が浮かんでいた。

なるほど。大輔は世界中の人間の中で六十四番目に私のことを愛しているらしい。

それから軽い気持ちで、メガバンクの営業をやっているイケメンと付き合い始めた。
彼が寝ている間に愛情バロメータを使ってみると『24 Lover Rank』という文字が浮かんでいた。
その後、このオモチャを色々と使っていくうちに同じ人間でも関係性によって数字が変化し、実際に良好な関係ほど『Lover Rank』の数字が小さくなる事がわかった。

それから十年が経ち、三十六歳になったSは『2 Lover Rank』の彼氏と付き合っていた。
彼氏は安定した企業の役員で、とても優しい。顔だってハンサムだ。
それでもSが結婚しないのは彼の『Lover Rank』がセカンドだから。
彼女は愛情バロメータを長年使用してきたことで、自然と『1 Lover Rank』の男を探すようになった。
愛情バロメータの数字は変動性があり、自分と相手との関係性によって変化する。
今の彼氏は、出会った当時(三年前)『7 Lover Rank』だったが、今では『2 Lover Rank』にまで上昇した。
ともかく彼は愛情バロメータの数字に関係なく、結婚するのに文句のない相手だった。

しかし、長年愛情バロメータの数字を信頼し、ときに大好きな恋人に自ら別れを告げ、タイプではない男とも付き合ってきた彼女にとって、『1 Lover Rank』の男と付き合い結婚することは譲れない条件となっていた。

けれども、その『2 Lover Rank』の男は五年経っても、十年経っても『1 Lover Rank』にはならなかった。

 

ついにSが痺れを切らし

「なんで貴方はこんなに私と一緒にいて世界一愛してくれる男になれないの?なんでなのよ!」

と彼氏を糾弾したところで二人の関係は終わった。

 

それからのSは、抜け殻のように長い年月を過ごした。

優秀な弁護士だった彼女は、仕事を辞めても生活するのに十分な貯蓄があった。
そのため家に籠もりがちになり、読書をしたり、昨夜読んだ本について友達とたまに話したりするくらいで、ほとんど内向的な女性になっていた。

 

ある日、Sはタンスの中を整理することにした。引き出しの中には若い頃に貰った大量の名刺やラブレター、男から貰ったハイブランドのアクセサリーがキチンと整理されながらもギュウギュウ詰に並べられていた。

その中から何点か本やネックレスを選んで取り出し眺めたりした。

一番奥にある角の折れたラブレターを持ち上げると、その下に愛情バロメータがあった。
『2 Lover Rank』と別れて以来、タンスの奥にしまっていた魔法のオモチャだ。

来年で六十三歳になるSは、もう何年も前に『1 Lover Rank』の男を探すことを諦め、1人で生きて最後を迎えることを決めていた。
その決心があったからこそ、彼女は躊躇うことなくその懐かしいオモチャを取り出すことができた。

男達の肌にそうしたように、なんとなく自分の太ももに当ててみる。

しばらくして、愛情バロメータの画面には『1 Lover Rank』の文字が点滅した。

彼女は、しばらくその点滅を見つめた後、タンスの中を整理し、最後に愛情バロメータを入れて閉めた。

Sが亡くなったのは、その三日後の夜だという。

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